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ああ

 

旅行に行ってきたのだけれども、

本当にいいものです。

 

帰ってきてから本当に無気力。

 

旅行行く前は自分は何をしていたか

全然思い出せない。

 

急にやることがなくなってしまったように感じ、

ただただ虚無感。

 

 

そういえばタイピングの練習をしていたなと思い、

ここに行き着いた。

 

全然上手くならないし、

自分が思っている指と違う指が動いてしまうのは

何かの病気かと本気で思ってしまう。

 

何とか社会に出る前に

人並みになりたい。

 

旅行も終わってしまった今、

いよいよ社会に出なくてはならないのだと

実感が湧いてきている。

 

それだけで鬱になりそう。

 

ただ、初任給は欲しくてたまらない。

そのために頑張るしかないようだ。

 

金がない時って結構

自分が思っている以上のことが

できるもんですよね。

 

そう信じて頑張ろう。

 

ブラインドタッチも出来るようになろう。

今日も今日とて

 

キーボードを見ずにタイピングの練習でござる。

 

少し時間をかければある程度は

見ないでできるようになってきた感じはある。

 

ただ、何度も言うようだけれども、

本当にイライラする。

 

なんだか特別モチベーションがあるわけでもないのだけれども、

心がおれる寸前のところでなんとか頑張っている。

 

ああブラインドタッチを働くまでにできるようになりたい。

 

他に人たちはこれを習得知るのに

どれくらい時間を要したのだろうか。

 

私ほど悲惨な状況、そして

こんなにも進歩が遅い人がいるのかと考えると

凄く落ち込む。

 

まあ、地道にやれるところまでやりますわ。

 

 

 

昨日はライブを見に行ったんです。

 

感動しました。

 

本当は色々感想はあるけれども、

あまりこの場を借りて

具体的に述べようとも思わないので、

心に留めておきます。

 

それにしても、

ライブを見に行く行為って、

そこまで好きになれないんだよな。

 

人ごみの中立ちっぱで2時間とか、

結構なストレスと疲労。

 

それを忘れさせてくれるほどの

素晴らしいライブもあるんだけどね。

 

ライブを見に行くことが

趣味にはなりそうもありません。

 

 

タイピング練習でイライラした後に

これ書くの相当辛い。笑

 

やめます。

 

 

タイピングを磨く

 

今日もタイピングを磨く訓練をいたしました。

 

実際こうやって打ってみると

やっぱりキーボードを見てしまうし、

見ないとできない。

 

でも昨日より

確実に感覚はつかめている実感はある。

 

あとは慣れかな。

 

 

どうしてこんなことをしてるかというと、

働くようになって

キーボード操作もおぼつかないようでは

恥をかくことになる気がしたからである。

 

 

恥を掻くのではなく、

むしろ早いねと言われたい欲によるものである。

 

周囲の学生たちはみんな

タイピングが速い。

 

あれは鍛えたのであろうか。

 

わからないけれども、

私は鍛えない限り

速くならないと感じたため、

練習をすることにしたのだ。

 

 

ここ2ヶ月、まともに働いていないし、

これから始まる社会人としての生活が

できるのか非常に不安だけれども、

昨日の自分より今日の自分が少しでも

成長できる毎日を過ごせたら良いなと思っている。

 

 

最近、刺激のない日々を過ごすことが多く、

何か物事にについて考えることが極端にない。

 

新聞はすこし読んでいるのだが、

記事に対する意見というのも特に思いつかない。

 

私の頭が悪いだけだろうが。

 

 

金曜日、話題となっていた

プレミアムフライデーといいうものが初めて

実行されたらしい。

 

 

実際、午後3時に帰れたサラリーマンは

どれほどいたのだろうか。

 

極端な話、

強制的に15時上がりとかにしないと、

非常に難しい話であるように感じる。

 

自らが関わっているお客さんの都合や、

上司との兼ね合い、

銀行に関しては基本的に15時まで営業しており、

株式市場も15時まで動いている。

それら全てをその日限りは

見直すくらいのことをしないと

普及していかないのであろうか。

 

消費を高めることが狙いだと思うが、

そもそも給料を上げることもしていかないと、

消費は上向かないと私は思う。

 

中途半端な策になれば、

消費は大きく変わらず、

店は発注の予測が難しくなり、

返って損したり、

月末の決算等がうまく回らず、会社としての生産性が

ただ下がるだけの結果になりかねない。

 

まあまだ試験的段階だと思うので、

完全週休2日制のように

少しずつ馴染んでくれば良いなあ、と私は思っている。

 

 

 

アメリカのメキシコとの国境に壁を建設する話だが、

私は賛成である。

 

不法移民による犯罪はこれだけで大きく減ると思うし、

治安の回復に絶大な効果をもたらすであろう。

 

しかし、現代において、

壁を建設するだけでは限界があるのも確かだ。

 

ドローンが普及しつつある。

ドローンで壁を乗り越え、

ものを運ぶことは容易であるため、

100%の治安改善は見込めないと思う。

 

悪いことを企む人は

どんな対策をしても、

何かしらの形で突破してくるだろう。

 

ただ私はそこに目をつけて対策を

考えていること自体を評価している。

 

 

すっからかんの頭でこういうこと書くと

馬鹿が露呈するし、

タイピングの速さがイメージとかけ離れすぎて

イライラするのでこんなところで。

 

 

タイピングの遅さに悩んだ挙句

 

某資格の試験を受けてきました。

 

そこそこ勉強して、演習問題に関しては

9割は固かったのに、

全く手応えなかった。

 

悔しい思いをした。

 

午後は上京した親と会い、

ご飯食べたりパンケーキ食べたりした。

 

とても美味しかった。

 

間違いなく美味しかったのだけれども、

一人暮らしをしているので、

外で食べるものほとんど美味しい説もある。

 

久しぶりにいいもの食べた気がするな。

 

 

さっき思い立って、

何か能力を身につけようと思い、

ブラインドタッチの練習を始めた。

 

アプリ内ではそこそこ

キーボードの位置に合わせて

指を使い分けられたのだけれども、

こうやって実践してみると

なかなかうまくいかないもんだね。

 

それどころかキーボードをがっつり見ている。

 

そして死ぬほどタイピングが遅くてイライラする。

 

どうも手先が不器用な私でございます。

 

地道に練習しよ。

 

これは身につけてまったく損がない。

はっきり物を言えない。

 

今日、というかさっき、

まさにその状況に陥ってしまい、

今ものすごく後悔している。

 

はっきりその場で言っていれば

私としてもすっきりしたと思うし、

相手も理解してくれただろう。

 

逆に言えなかったことで

相手は何に不快感を示されたかわからずして

傷ついているかもしれない。

 

その場の空気によって言うべき時と

抑えるときと必要であるが、

今回は明らかに言うべきであった。

 

そして、私のはっきり物を言えない性格を

少しでも克服できる絶好のチャンスであったと思う。

 

それを逃してしまった後悔も含まれて

非常に落ち込む。

 

私の悪いところが出てしまったようだ。

 

同じ失敗を繰り返さないようにしよう。

 

 

2017年

 

明けましておめでとうございます。

 

学生として授業に行く最終学期を迎え、

授業は終了し、残るはテストのみとなりました。

 

 

正直言って、非常に不安である。

 

 

私は高校時代から学校の試験勉強に

性を注ぐことができない性分でありまして、

卒業がかかっているというのに

やはり勉強がはかどらない。

 

 

今までサボってきたツケが

いざという時になっても

勉強を開始することができないという形で

やってくるとは思わなかった。

 

 

受験勉強だったり、資格の試験勉強だったりでないと、

どうもやる気が出ないのだ。

 

 

そんなこんなで

学歴としては悪くないものの、

大学時代に勉強をサボりまくり、

就活では大手企業は学力試験で

たくさん落とされる始末。

 

地頭が悪いんだから

多少は努力しろよ、と何度も思うわけだが、

今までなんとかなってしまったこともあり、

やはり相当追い詰められない限り

非常に難しいことなのである。

 

 

もう少しの辛抱だ。

やるべき量もそう多くない。

 

最後にいい成績を取るために

本気出してみてもいいのでは。(多分頑張れない。)

父親が一家の大黒柱的思考



私の父は、私が小学校に入学する前だろうか、

母の意見を全て無視して父の両親が住む家の隣に家を建てた。



母は賛成していなかったようだが、

父は「住んでみなきゃわからないでしょ」

と言い、強引に引っ越したそう。


冷静に考えて

住んでみるというのは家を買って建てることであり、

1度住んだら半永久的に

そこに住み続けることはわかるのだが、

悪影響を受けているのは母だけではない。


私たち子供まで多大な影響を受けている。


なぜなら、

地元に全く用がないのだ。


用事の8割以上は東京なのに、

そこまで2時間強かけて行かねばならない。


そして特に用のない地元までまた2時間強かけて帰らねばならない。


電車に長時間閉じ込められ、

精神的にしんどいし、

エコノミークラス症候群になるのではと思うくらい

座り続けている。


なぜこんなことになったかというと、

父がマザコン、もしくはファザコンだからであり

どうしても親の元を離れたくなかったのだろう。


それ自体はなにも悪いことではない。


しかし、それを言うなら母の両親のことは

何も考えなかったのだろうか。


そこが疑問だ。


自分さえよければいいという思考回路で、

母、そして子供を負け添えにし、

辛い思いをさせている。


しかし指摘すると激昂し、

感情論だけで圧殺しようとする。


だからみんな黙っている。


しまいには

「おれの金だ」と言い、

みんな唖然。


お金を稼いでいるから

父のやりたい放題という思考は

私は正しいと思わないし、

女は家事をやってれば良いという思考も

今の時代、不適切だ。


うちはその古い風習の典型だ。


この考えは、

国をダメにし、

家族をダメにする

危険な思考だと思う。


なぜなら、現代において、

少子高齢化、人口の減少が不可避と言われる中で、

女性が働きやすい社会の実現を、

国として進めている。


女性も正社員として働ける社会を作ることが

労働力、生産量の減少を食い止めるだろう。


しかし、こうした父が働き、母は家事といった風習を

頑なに変えない家族は、国の政策に背いているし、

経済の減速をもたらしている。


更には家族にとっても良い影響はないだろう。


家族にとっても母が正社員として働いたほうが

給料は明らかに増えるのだ。



そう考えるとやはり

住む場所はもっと考慮すべきだし、

休日にでも父が一人で親の元を訪ねるなりすれば良いと思う。


これだけ家が遠ければ仕事のパフォーマンスにも影響を及ぼすだろう。



父が独占的な権力の欲を持っている限り、

時代はなかなか変わっていかない。



金を貰っているから偉いという思考回路自体がそもそもおかしくて、

金を貰っているから仕事を続けているのだと思う。

対して家事というのは無償で1日10時間以上全てをこなしているのであって、

今ではパートも重なりかなりの負担がある。

給料はないのにここまでできるのと

どちらがすごいか、という話である。


もっと合理的に考えられる

環境で育ちたかったと思う今日この頃。