今後生きていく上で

 

私の人間性がなぜ今のように形成されたかというと、

親による育てられ方が大きく影響しているように思う。

 

私が悩むのは

周囲の視線が気になってしまい、

やりたいことがやりにくいということだ。

 

これは子供の頃に

親の支配のもとで育てられてしまったっことが

あるのではないかと思っている。

 

親は勉強を真面目にやれば良い、

決まりは必ず遵守みたいなことを子供に叩き込み、

私は他のことをあまり挑戦できなかったと思う。

 

だから知らないことが多い。

 

父親は一家の大黒柱的な保守的考えを持っており、

家事は母親という考えを持った昔の典型的な価値観を

頑なに崩さない。

 

そういった思考を持っているため、

父親の言うことは絶対だと本人は思っているのかもしれない。

 

そうすると何が起きるか。

 

父親による家族の支配が始まるのである。

 

家事は母親がやれば良いという考えが子供にも

押し付けられ、母親は家から好きに出られない。

 

子供は勉強をやれば良いという考えから、

ゲームは毒とらえ、やっている姿を目撃次第、取り上げられたり

怒られる、ゲーム脳だと悪口を言われるといったことがあった。

 

おかげで今、周囲が誰もがやったことがあるであろう

ゲームの話にはついていくことができない。

 

 

かつて私は負けず嫌いで子供の頃は悔しい思いをした時に

涙が出てしまうことがあった。

 

父は男が涙を流すのは親が死んだときだけといい、

私が泣いた時は怒り、暴力で圧殺するといった育てられ方をしてきた。

 

その影響か、私は感情の起伏が年々無くなってきていることを感じた。

 

悔しさもそうだが、嬉しさも人と比べて強く感じないような気がする。

 

そして感情の表現が上手くできない大人になったように思う。

 

さっきのゲームの話と合わせ、

勝ち気というものが薄れてしまったというか、

ほとんど持てなくなっている。

 

 

一番気になったのは父の嫌味だ。

 

何かをするたびに監視されてるのかという勢いで

深入りし、父の理想、思いとずれた部分に関して

嫌味、悪口を言われ続けてきた。

 

 

格上のチームと戦う時は

初めから勝てないと決めつける。

 

目標を高く設定すると

無理だと決めつける。

 

せめて家族だけでも応援してほしいものだった。

 

そういったところも

子供にとって悪影響を及ぼしたと思うし、

限界を自分で作ってしまう人間に育ってしまったかもしれない。

 

散々可能性を潰されてきたわけだ。

 

 

ようは個性を伸ばす教育が一切なされていなかった。

 

むしろ個性を潰され続け、

やりたいコトがすぐにできない人間になってしまったと思う。

 

 

いちいち親の反応をうかがってしまう。

 

しまいには外へ出ても

周囲の反応をうかがってしまうようになった。

 

 

父は言葉による説得が上手くはないので

子供の時に

感情、暴力で支配されてきた。

 

 

だから自分の考えで動くことに

恐怖を感じるし、やる前に悩んでしまう

傾向があるように思う。

 

 

こんなことをここに書いたのは

なんとなく最近、ふとした時に

モヤモヤしてくる事柄であったためで、

どこかに書くことで少しでもすっきりすればいいなと思ったからである。

 

 

とはいえここまで育ててくれた親には

感謝してるし、

就職して迷惑をかけないようにならなければならない。

むしろ恩返しをしなくてはならないと思っている。

 

 

ここまで来てしまったのだ。

今更ブーブー言っても変わることではないので、

これからは自分でこの状況、

どう変えていくかを考えるのが最善であろう。

 

 

周囲を気にしない生き方をするためには

どうすれば良いのか、

引き続き考えていきたい。